少年は逃げていた。
かつての集落は“怪物”どもに襲われ焼き払われてしまった。
大切な家族も仲間もみんな殺されてしまった。
少年はただ闇の森をひたすらに走った。
かつて、そうちちのちちのそのまたちちのいたころには、
“いだいなこうてい”がいたという。
しかし、“いだいなこうてい”はころされ、よってたかってすむばしょをうばわれた。
“かみさま”にすがったところで、やはりあらわれた“かいぶつたち”によってすみかをやきはらわれていった。
少年の息は切れ、ついに“怪物”に追いつかれ殺されそうになったとき、崖から転げ落ちた。
そして少年は崖の横合いに合った亀裂へと呑み込まれていった、誰もが死んだのだろうとと思い“怪物”は去っていった。
少年は体の痛みから目を覚まし周囲を見渡すと、そこは遺跡のような場所であった。
少年には理解できなかったがそこは生きている遺跡であり、壁面にあった小さな亀裂から外の光が差し込んでおり
少年が落ちた場所は濡れて苔むしており、それがクッションになって命を救ったのだろう。
亀裂から外を見ても断崖絶壁であり、諦めて周囲を探索したのだった。
少年にとっての幸運は彼が脆弱すぎたために遺跡にとって脅威たりえず排除されなかったことであろう。
それから何時間いや何日が立っただろうか、苔は食いつくし泥水は飲み尽くした。
意識が朦朧としたまま彷徨い、少年はついにソレと出会った。
何故だかは理解できぬまま這い進み、ソレへと手を伸ばす。
意識を手放す瞬間、『なんじのなしたいようになすがよい』と聞こえたのは空耳であったのだろうか。
そうして起動したソレは“黒い穴”を産み出し、一番近い場所にあった少年を呑み込んだ。
そのとき少年が生きていたのか死んでいたのかはわからない。
だがこうして【邪神戦争】の中で生まれた小さな物語は終わりを告げた。
かつて、ある地方に偉大な王が産まれた。
竜なる神の血を引く偉大なる王。
竜や巨人すら従えた王は、矮小なる者どもを蹴散らし、世界をその手にする器を持っていた。
だが運命は王に微笑まなかった。
矮小なる者どもの内より生まれ出でし“騎士”らによって侵攻計画をことごとく邪魔されたのだ。
そしてついにはその手足となる部下は討たれ、王すらも倒れ伏した。
“騎士たち”が王にトドメを刺さんとしたとき、母神たる竜の化身がついに現れ最後の死闘が繰り広げられることとなる。
戦いが終わり、“谷”と世界は救われた、“赤い手”の脅威はようやく過ぎ去ったのだ。
だがそこには倒れ伏した王の亡骸はなかった。
そこにあったのは王の伏した場所ごとなにかに抉り取られたかのような痕跡のみ、“騎士たち”は母神が子の亡骸を持ち去ったのだと結論付けた。
王は瀕死の状態ですら意識を保っていた、その強靭な生命力と意志力によってズリズリと這い進む。
突然現れた“黒い穴”、それには恐怖すら感じたが己の亡骸を“騎士たち”に与えるわけにはいかなかったのだ。
己の死を隠せば、同胞たちが再び立ち上がると信じたのだ。
戦いの中意識が化身竜へと向いた“騎士たち”の一瞬の隙をついて、王は飛び込んだ。
それがどういう結果を産み出すのか、その時点では母神ですら理解してはいなかったのだが……。
そうして数年がたち、ある場所では神隠しが起こるようになり、ある場所では突然見知らぬモノが現れるようになった。
最初は誰も気にすることはなかったが、神官や魔術師から次第に異変に気が付くこととなる。
そう世界の法則が乱れ、なにかが変化していったのだ。
少年はいったいどうなったのか、偉大な王の亡骸はどうなったのか、それはまだ語られることではない。
それは新しい英雄の、そして王の物語。
ただ、普通と違ったのは少年も王もゴブリンだったというだけのことであった。